田原藩の家老、渡辺崋山が思ってた以上にスゴい人だった件

田原藩の家老、渡辺崋山が思ってた以上にスゴい人だった件

渡辺崋山像

田原藩(現在の田原市東部)の家老、渡辺崋山

これまで「めっちゃ絵がうまい武士」くらいの知識しかなかったのですが(日本史選択で大学受験したにも関わらず)、色々調べてみたら想像の26倍くらいスゴい人でした。

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2秒でよく分かる!『渡辺崋山』とは?

渡辺崋山は江戸時代後期の武士・画家。田原の偉い人です。

幼少期から絵の勉強してたんだって!ごいすー

渡辺崋山のココがスゴい!

渡辺さんのスゴいとこ その1.絵がめっちゃ上手

まず、武士画家ってすごくないですか?

今でいうと『めっちゃ料理上手なイチロー』みたいな感じだと思うんですよ。

田原市のお土産あさりせんべい
出典:あさりせんべい

田原市といえば『あさりせんべい』が有名ですが、あさりせんべいの包装紙に描かれているのも渡辺崋山の作品『一掃百態』。

田原市のお土産あさりせんべい
出典:あさりせんべい

包装紙を開いてもさらに崋山。

没後150年ほど経った今でも、田原市民からのリスペクトを感じますね!

渡辺さんのスゴいとこ その2.たくさんの命救っちゃう

飢餓対策する⇒大飢饉でも餓死者出ず

渡辺崋山は天保6年(1835年)、領民の飢餓対策として『報民倉(ほうみんそう)』という食料備蓄庫をつくりました。

渡辺崋山の施策によって、なんと田原藩では天保の大飢饉においても餓死者が出なかったのです。

もし渡辺華山が報民倉を建ててくれてなかったら、田原市周辺出身のあなたや私も生まれてなかったかもしれないですね!

渡辺崋山はこの件で、全国で唯一幕府から表彰を受けています。

『報民倉』は田原市のお土産にもなってる

田原市のお土産報民倉の外観
出典:崋山最中 報民倉

田原市には、この報民倉をデザインした『崋山最中 報民倉』というお土産もあります。

田原市のお土産報民倉の中身
出典:崋山最中 報民倉

中身はこんな感じ。箱の中まで倉みたいですね。

俵型のもなか一つひとつにも、『崋山』と刻印されています。

最初は「ちょっw田原市ww崋山推しすぎワロタwwww」とか思ってたのですが、そりゃ推しますよね!

むしろもっと推して、YAZAWA的なデザインのKAZANタオルとか販売してほしいです。

(↑こういうやつ)

まとめ

最後は切腹して亡くなっちゃうわけですが、そのあたりのストーリーもグッと来ちゃう感じでした(難しくてよく分からなかったとは言えない)。

浜松市には『出世大名家康くん』っていうゆるキャラもいますし、『幕末の救世主KAZAN』とかでぜひ対抗してほしいですね!

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